予告編

  • 2007年 山形国際ドキュメンタリー映画祭・アジア千波万波部門「市民賞・奨励賞」W受賞
  • 2008年 毎日映画コンクール「ドキュメンタリー映画賞」受賞

クルド難民とは?

クルディスタン地図

クルド人は国家を持たない世界最大の少数民族で、その数は2000万人~3000万人と推定されていて、その地理的状況から、常に周辺諸国の争いに巻き込まれてきた。

第1次大戦後、敗戦国オスマントルコの分断に当たり、クルド人国家が成立する兆しがあったが、トルコ共和国の建国、石油を巡る欧州諸国の思惑もあり、クルド人が「クルディスタン」(クルドの土地、クルドの国の意)と呼ぶ地域 はトルコ、シリア、イラン、イラクの国境をまたがって分断された。最大のクルド人人口(全国民の90%、推定1200~1500万人)を抱えるトルコでは、建国の父ケマル・アタテュルクがトルコ単一民族主義を提唱したため1923年の建国以来、クルド人という民族の存在を認めない政策を打ち出してきた。近年までクルド語の使用、クルド語による教育、音楽は禁止され、クルド人は「トルコ人」として生きることを余儀なくされてきた。

一時沈静していたクルディスタン独立運動は、1980年代に入り、武装闘争を主とするPKK(クルディスタン労働党)の台頭により、再び活性化。以降、クルド人はトルコ政府から激しく弾圧され、拷問、襲撃、暗殺等により、多くのクルド人が犠牲になってきた。同時に国外へ脱出するクルド人も増加し、ドイツ等の欧米諸国を中心に約90万人のクルド人が海外で暮らしている。日本でも90年代からクルド難民が入国し始め、現在では埼玉県を中心に約500人のクルド人が日本で暮らしている。しかし、クルド人の難民申請は、日本国内では未だに1件も認められていない。

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