ドキュメンタリー映画「バックドロップ・クルディスタン」
難民家族を追って、一人の若者が国境を越えて疾走する!
24歳の強烈なバックドロップドキュメンタリー!
24歳の強烈なバックドロップドキュメンタリー!
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2008-05-08 23:55:15ナカタに会いたい。
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やること多くて大変だなぁと思うけど仕方ない。
昨日は試写状を送った方に電話。送ったので届いてるのは当たり前なのだが、それでも、「届いてるよ~」と言われるとホっとするし、「日時合わせて行くからね」と言われると、心の中で小さなガッツポーズをしてしまう。
それにしても、「バックドロップ・クルディスタン」というタイトルは言いづらい。滑舌があまり良くないので、言い直してしまうときがある。恥ずかしい。
「監督の野本です」と名乗ると、「監督の野本さんから電話だよぉ、監督さんだって、知ってる?」と、保留を押し忘れたようで、そんな会話が聞こえてくる。待っている間がドキドキする。
昨日は1日中電話をし続け、間違いなく世界中で「バックドロップ・クルディスタン」という言葉を多く言ったのは僕が1番であると確信を持って言える。
今日は試写会。新橋の駅前で蕎麦を食べて気合いを入れる。今回は3回目になるのだが、やっぱり不安と緊張はなくならないし、なくなることはないとも思う。来場してくださる方も段々と増えたが、もう試写会も残り3回。まだまだやれることはたくさんある。
今、この文章を書きながらテレビをつけたらナカタがテレビ出ている。ナカタがでるといつも興奮。僕の中の「ヒーロー」の1人。会いたいな。本当に本当に本当に映画を観てもらいたい。世界中を旅したナカタが、僕の旅をどう観てくれるのだろう。観せたい!!!
あ~、この頃ものすごいピリピリしてきているのが自分でもわかる。小さなことにイライラして爆発してしまいそう。
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2008-05-06 00:28:34映画祭日記・④
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上映がない日は本当に暇である。でも、せっかく来たので、映画をいくつか鑑賞。
実は、最悪なチョイスを1つしてしまう。映像がなく、音声のみの映画である。しかもフランス語。僕は暗闇の中で、ただボ~っと座っていた。
ニヨンの街もたくさん歩いた。リゾート地なので、非常に高級感あふれる街並みである。どこを撮影してもポストカードに使える写真が撮れるであろう。
マックの高さにも驚いた。フィレオフッシュバーガーセットが13フラン(1300円以上)する。1万しか両替をしていなかったので、簡単に財布の中のフランがなくなってしまった。
実は、2回目の上映前にある情報が舞い込んでくる。「バックドロップ、かなり審査員の中で好評らしいよ」と。それを聞いた途端、すぐに賞金を確認!藤岡さんと阿部さんと3人でお酒を飲みながら、かなり賞を意識した会話になる。
そして2回目の上映。最後まで観てくれた人…9人。でも僕は、9人の前で質疑応答を受けた。映画祭的にはやらなくてもよかったのだが、大事な9人のお客さんであるし、やっぱり反応が気になる。
全体的な反応は1回目と変わらないが、会場を出ると1人の女の子が話しかけてきた。僕より2つ年上のようだ。「どこで映画を勉強したのか?何歳なのか?」というちょっと内容とは違うけど、すごく食いついてくる。映画の製作過程を伝え、くだけた雰囲気で話を進めた。
映画学校の講師から「あれこれ喋るより、1本の映画を観せる方が自分を理解してもらえる」僕はこの言葉を忘れたことはない。
さほど年齢の変わらないこの女の子は、もしかするとこの映画の目指す方向を汲み取ってくれたのかもしれない、そう感じられただけでとても気持ちの良い気分になった。
その子は街で僕を見かけると、どこで覚えたかわからない日本語と英語を交え「あなたの映画、GOODね~」と。そんなことを言われたら恋をしそうになる…
さぁ、いよいよ表彰式!!ビデオカメラを阿部さんと2人でまわし、《感動の瞬間》を待っていた。でも…結果は…。ちょっとスピーチ内容を考えてた自分が恥ずかしい。
やっぱり次第に悔しい気持ちになってくる。賞をとったから良い映画とが限らないが、そんな理屈じゃこの気持ちを納得させることはできない。
また頑張るしかない。作り続けるしか、それしかない!
まあ、華やかに終わることはできなかったので、成田で取材を受けたシーンはカットだろうな~。
日本の帰ると、すぐに試写会の会場に行き、夜は下高井戸で上映。気持ちを切り替えていかなければ。 -
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2008-05-06 00:28:09映画祭日記・③
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会場は200人収容できる会場。約7割くらい埋まっていた。会場の様子をビデオ撮影。おそらくこの時点で、監督だとは思われてはいない。
上映開始。僕も観る。やはりお客さんの反応は気になってしまう。映画が始まって15分くらいであろうか、
僕の後ろでガサガサと音がする。序盤だというのに、お客さんが会場を出ていってしまった。それからまた15分後、数人が出ていってしまった。
映画になんか集中していられない。上映が終了したときに、お客さんがいなかったらどうしようという不安な気持ちになる。スクリーンを観ながら「下手くそ、カメラ。だからだ!」と、もうヤケクソになったり、とにかく心情の乱れが続く。
でも1つとても嬉しいことが。映画の中盤、主人公のカザンキランパパが演説をするシーンがあるのだが、ここで笑いが起きた。まだ観ていない人が多数だと思うので、具体的な内容は控えるが、政治家の演説を遥かに超えるパワーと熱意のこもった演説になっている。期待してもらって構わない。だってすごいんだもん。
映画も後半になり、舞台挨拶でスピーチする内容を考え始める。通訳のこともあり、内容まで考える余裕がなかったのだ。与えられた時間が何分かわからないが、グチャグチャした頭を整理して、とにかく自分の言いたいことは伝えなければ。
映画が終盤になり、何度も観ているはずなのに、映画に集中し始める自分がいた。「映画の中の僕は、この状況を想定していただろうか?」と考えると、胸が熱くなってきた。とにかく「撮らなければ!」という気持ちと「絶対作品を作ってやるんだ!」という怒りみたいなものが心の中にあった。
自分が作った1本の映画が、こうやって国境を越えて上映できていることに感動した。
エンドクレジットが流れると、少しずつ拍手が起きる。もちろん嬉しい。感動した気持ちを持って舞台の上へ。
ここで予期していなかったのが、何を喋るのか全て忘れてしまった。だから正直に、感動して忘れてしまったと正直に述べてみる。会場の空気も少しかるくなり、僕の緊張を解けていく。さすがにその後作品に対する気持ちを述べ、すぐに質疑応答へ。
嬉しいことに、数人の方が手をあげてくれ、皆、質問は2つ3つ。質問の内容で、どのように観てもらえたのかが少しずつわかってくる。どちらかというと、「難民問題」という方に興味があったように思える。それは、スイスも移民の問題を抱えているのも強く関係していると思うし、この映画を観て「どうして?」という疑問が出るのはけして不思議ではない。そのほかにも撮影許可の問題や、公開はどうなってる?の質問が出た。けして不思議ではないけど、何かが胸の中に痞える。
ただ、次の質問で自分の痞えているものがわかった。
「日本ではどのように観てもらえたのか、反応を教えてくれ」という質問。
どう観てもらいたいのか?というのはもちろん何度も考えて制作をする。ただ、狙いが100%的中するのは難しいことで、また、自分が考えている以外のことをお客さんから学ぶこともある。僕は今、まさにその中にいる。
舞台挨拶終了後、数人の人に話し掛けられた。「どうしてこの家族に決めたのか?」という質問に答えると、目の前の男女がニヤニヤニヤニヤと嬉しそう。映画を観てもらえれば、なぜこの男女がニヤニヤしたのかがわかってもらえるかもしれない。だって…もん。
そして嬉しいことに、ある国の映画祭からその場で招待を受けた。まだ100%決まりではないだろうから何とも言えないのだが、非常に気に入ってくれたみたい。
たった1回の上映だが、短い時間で色々なことを考えさせられたし、考えるキッカケをもらった。 -
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2008-05-06 00:27:35映画祭日記・②
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上映当日、とりあえず自分がきたことを関係者に伝えないとと思い、上映する劇場に足を運ぶ。上映は14時半。それまでに通訳がいるかいないかを確認しないといけない。いれば問題なし。いなければ…もう知らない。
劇場につくと、スタッフのおばさんが今日の上映メニューを外に張り出していた。
「俺はバックドロップクルディスタンの監督だ。でも英語が喋れない。とにかくベロニカ(ゲスト担当者)と会いたい」と言うと、親切にベロニカがいるであろう場所を教えてくれた。約3割くらいしか理解できないが、もう3割に賭けるしか手段は残っていない。
不安を抱きながら教えてもらった場所にたどり着く。そこは、ゲストやお客さんが語り合う場所と映画祭の事務局がある建物。とりあえずスタッフらしき人に話しかけて、得意の「俺はバック~」を言う。
「ベロニカは30分後に来る」と言われ、別のスタッフに滞在中のスケジュールの説明を英語で受ける。ほとんど理解できていないが、とりあえず「YES」を連発。「問題ないか?」と聞かれても「問題ない」と自信満々で答える。大体、英語が喋れないと事前に言っておいたのに、問題ないわけがないだろう!
しばらくして、ベロニカがやってきた。メールで「通訳はいますか?」の問いを3回も無視した大物である。色々な意味でベロニカには会いたかった。
ベロニカは美人だ。こんな人が無視するわけがない。無視というより、ウッカリだったのであろう。ベロニカの話はほとんど理解できなかったけど、「パス」をもらえというのは理解できたので、指定された場所でパスをもらう。
すると、パスと一緒に日本人の方から僕宛のメッセージが。阿部さんという山形映画祭にも携わる、山形大学の方だ。救いのメッセージだった。「今日の上映には行きます」とのこと。これで映画祭側が通訳を用意していなくても、初対面ではあるけれど、阿部さんに救いの手を差し伸べてもらおうと、いや、もうそれしか手段がない。国際映画祭で、自分の名前しか言えない監督の挨拶はかつてないように思うし、それだけは避けたかった。
上映2時間前に会場に行き、日本から持っていったポスターを貼らしてもらう。日本語だけど、やっぱり目立つ。余った時間は、3・5フラン(350円以上)もする水を飲みながら「阿部さん頼む」という思いを込めてひらすら待つ。
しばらくして、1人の女性が近寄ってくる。「バックドロップの監督ですか?私が今日の通訳をします」と言うけど、日本語喋れないじゃん!英語が喋れないんですよ!と言っても、なんでそんなに笑顔なの?というくらい余裕の顔。こんなに英語が喋れないことをアピールしてるのに、どうして心配してくれないのか全然わからない。
上映1時間前、阿部さんが来てくれた。その5分後、これまた山形映画祭に携わる藤岡さんが来てくれた。。。たまらなく嬉しい。事情を説明し、通訳を藤岡さんがやってくれることに。結局、日本語ができる通訳の人はいなかった…
ようやく頭が切れ代わり、上映モードに。次第に緊張が高ぶっていく。 -
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2008-05-06 00:26:57映画祭日記・①
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久しぶりの日記。
19日から25日まで、スイスで行われた「ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭」に行ってきた。もちろん初めての海外映画祭。
成田空港には、某局の記者の人が取材に来てくれたのだが、気分が開放的になり、2人でお酒とピザで盛り上がる。撮影したのはほんの僅か。でも、これって映画だって一緒。ずっと撮影してるわけじゃないし、撮影前の時間の方が圧倒的に長いときの方が当たり前。つまり、関係性っていうやつ。でも、この撮影したものは、多分使われないだろうな~と思う。それは、後で書くけど。
飛行機が大嫌いだけど、約16時間の移動時間でスイスのジュネーブ空港に到着する。おそらく大概の映画祭は、ゲストを空港に迎えにくるものだけど、今回の場合は違う。通訳もいるかいないかわからないし、飛行機代だって「支払います」と、確実に言われていない。「ここのホテルに来るように」というだけど、その他の情報は一切ない。
とりあえず「ニヨン国際映画祭というぐらいだからニヨンという駅に行けばいいだろう」というかなり適当な感じで電車に乗る。驚いたのが電車の料金。15分くらいしか乗っていないのに、料金は13フラン(1300円以上)しかも、1等の方に乗ると、倍くらいの料金が発生するようだ。
時間は夜の22時半、外は真っ暗。早く誰かに会いたいと本気で思う。
ニヨンという駅に到着。駅を降りたらすぐに、映画祭の飾りなどが目に入る。嬉しいし、ホっとしたし、ちょっと自分を褒めてあげたくなった。だって、頑張ったもん。
後は、ホテル「ドルチェ」を探すだけ。ホテルの名前、何かすごい。
夜遅くということもあり、街がすごく静か。怖いお兄さんに路地に連れこまれたらどうしようという不安と戦う。英語が喋れないし、「HELP」としか言葉しか発せられない。
10分くらい歩きホテルに到着。「オレは日本からきた監督の野本大だ!」と一方的に英語で喋りチェックイン。
明日は上映。通訳もいないし、自分が到着したことさえ誰も知らない。さぁ、どうしようかと思いながら、明らかに傾いているベッドに横になった。 -