予告編

  • 2007年 山形国際ドキュメンタリー映画祭・アジア千波万波部門「市民賞・奨励賞」W受賞
  • 2008年 毎日映画コンクール「ドキュメンタリー映画賞」受賞

INTRODUCTION (STORY)  イントロダクション(ストーリー)

ナンミンなんて知らなかった

2004年3月。
ナンミンなんて知らなかった

映像系の専門学校でドキュメンタリーを専攻していた野本大は、卒業制作に向けて自分の企画を探していた。

ふと立ち寄ったCDショップで「ネブロズ(クルドの新年祭)」のチラシを手に取った野本は、聞きなれない「クルド」という言葉に興味を持ち、埼玉県蕨市で開催されたネブロズに参加することにした。

会場で輪になって踊る在日クルド人たち。彼らがどういった人たちなのか全く知らないまま参加した野本は、同世代の若者がいることに興味を持ち話しかけたのがカザンキラン一家の子ども達だった。そこで初めてカザンキラン一家と出会い、人間としての彼らに魅力を感じた野本は、卒業制作の主人公として彼らを撮ることを企画したが、企画会議であえなく落選。そんな折、父アーメットさんが裁判に負け、強制送還の危険性が高まったため、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に難民認定と第三国出国をアピールするデモをすることになった。あきらめきれない野本は専門学校を中退し、彼らの行動を撮影し始めた。

カザンキラン一家の闘い

2004年7月。
ナンミンなんて知らなかった

酷暑の中、必死にアピールする家族たち。過酷な条件の中で激しく訴えつつ、時には明るいカザンキラン一家の姿を、野本は彼らと身近に接しながらその一部始終を撮影した。そして度重なるUNHCRとの摩擦を経て、ついに彼らは「マンデート難民」の認定を勝ち取った。平穏な日常に戻るカザンキラン一家だったが、その4ヵ月後、衝撃的な事件が彼らを襲う・・・。

その「事件」によって野本は、彼らが「クルド難民」であるということ、そして自分が日本という国に住む日本人であるという現実を突きつけられてしまう。

僕は国境を越えて旅に出る

2005年10月。
ナンミンなんて知らなかった

1年の月日が経ち、野本はそれまでの映像を作品にまとめようと考えていた。しかし、どんなに編集していても、カザンキラン一家を撮影する中で生まれた疑問は何一つ解消されていなかった。なぜあの「事件」は起こったのか、彼らはなぜ日本に来なければならなかったのか、そして日本人の僕は「何者」として彼らと向き合わなければならないのか?撮影は続行。その答えを探しに、野本は彼らの祖国トルコへ旅立った・・・。

監督:野本大(監督)

1983年6月生まれ。埼玉県羽生市出身。高校卒業後、日本映画学校に入学。映像ジャーナルゼミに所属し、ドキュメンタリーの制作を学ぶ。 2年次に、自傷癖のある女子高生を撮った「*@17」の演出を務め、卒業制作にはクルド難民企画を提出するもあえなく落選。撮影を続行するため同校を中退し、3年の月日をかけて今作を完成させた。

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